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　「認知症になっても、捨てたものではない」。そう希望を語る兵庫県三田市の古屋一之さん（64）は、県から「ひょうご認知症希望大使」に委嘱されて1年余りになる。認知症になって生活が大きく変わり、できなくなったことも増えた。しかし、病と向き合う中で出会った人たちと紡いだ絆を胸に、各地の講演で語りかける。「（認知症患者は）独りぼっちではない。あきらめないで」

誰もがたどる道

　11月10日、猪名川町社会福祉会館。介護専門職や町民ら約60人を前に、古屋さんはアルツハイマー型の若年性認知症と診断されてからの歩みを語った。「認知症になって、元の自分でなくなっていくと怖かった。道のりはつらく、苦しいかもしれないが、誰もがたどる道です」と、自らも経験した内向きになる心情を思いやる。不安と向き合う生活の中で光明となったのが、同じ病気の仲間、支援者たちとの出会いだった。「支えてくれる人がいると思うだけでも、心の痛みはずいぶんと違った」

　講演は「活動パートナー」を務めている北村吉次さん（67）＝三田市＝との対談の形式で進んだ。「いろんな人と出会ううちに、僕も成長させてもらった。きっと、（患者の）誰もがそう思えるようになります」と呼びかけた。

　古屋さんは2016年秋、認知症と診断された。勤務する会社で自分が書いた書類に間違いが多いことなどを指摘され、「異常がないと証明してもらおう」と受診していた。それだけに衝撃は強かった。会社で診断結果を告げると、上司から「認知（症の患者）はいらん」と言われ、退職を余儀なくされた。

聞いてもらうことで楽に

　これから、自分はどうなっていくのか、どう過ごせばいいのか、生活はできるのか……。恐怖が募り、自宅に引きこもった。2～3カ月後、医師の紹介を受けて「ひょうご若年性認知症支援センター」（神戸市）を訪ねた。応対した女性職員は背中をさすりながら話に耳を傾けてくれ、思いの丈を吐き出すことができた。「聞いてもらうことで随分、楽になった」と振り返る。少しずつ、病気とどう向き合うかも考えられるようになった。

　センターへの訪問が転機となり、就労先として丹波篠山市にある障害者事業所に通うようになった。三田市の陶芸館が開く教室に入り、作陶にも取り組むようになった。病気を理由に断られるのではないかと二の足を踏んだが、「認知症の方は他にも通っていますよ」と受け入れてくれた。

　18年春から、求めに応じて自らの体験を語るようになった。「同じ病気の人のためになるなら」と引き受けた。北村さんとも同年10月に三田市内であった講演で出会った。北村さんは約10年間母親を介護した体験があり、その後男性介護者の会を作った。古屋さんの活動に共感し、認知症への誤解を少しでも解くことができればと思い、講演などに介添え役として同行する。

　古屋さんには認知症の仲間を引き合わせた。古屋さんは「同じ病気の人と話すことは山ほどあったし、一緒にいられるだけでうれしかった。すごい励みになった」と話す。

　一方で、症状は徐々に進行している。記憶力が衰えるとともに、物と物との距離や位置関係が把握しづらくなってきた。22年春に自宅でけがをして、段差の上り下りを1人でするのが難しくなった。

　現在も月に1、2回、依頼を受け、三田など県東部を中心に講演を続ける。認知症になって心に染みたのは、接した人のやさしさだという。講演では、人と人とのつながりが自分を前に向かせたと伝えたい。

　「病気になって、後の人生はどうなるんやという気持ちが強かった。しかし今は、病気とどう付き合っていくかが大事で、その中で知り合って友だちになった人と過ごす時間が何より大切だと思うようになりました。そういう人は誰の身近にもいます。認知症になっても悪いことばかりではないんですよ」【土居和弘】

認知症の希望大使

　厚生労働省が2020年1月、認知症の当事者が自らの体験や思いを語ることで病気への理解を深めてもらおうと設けた。現在、5人が任命されている。また地方自治体が任命・委嘱する希望大使もおり、兵庫を含む13都県などで活動（22年10月現在）。普及啓発活動のほか、会議などに出席し施策の企画・立案に加わることもある。一方、厚労省の研究班の推計（15年公表）によると、65歳以上の認知症の人は25年に最大で約730万人に上り、65歳以上の5人に1人になるとされる。別の調査（20年公表）では、65歳未満で発症する若年性認知症の人は推計で3万5700人とみられている。