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　深夜1時の号令を合図に、阿讃山脈の登山道を走り抜けるランナーたち。街の光が届かない山深くでは、ヘッドランプの光も底なしの闇に吸い込まれていく。登り坂を駆け上がり、下り坂は慎重に踏みしめるのを繰り返すと、やがてまばゆい朝日が山中を照らした。最長80キロに及ぶ過酷なトレイルランニングで頼りになるのは、自分の体と五感のみだ。

　「マラソンブームで“沼”にはまった人たちが、さらなる刺激を求めてトレイルランニングにたどり着く」と、一般社団法人ランニングドランカーズ（高松市）代表の栗原浩一さん（52）。2022年10月末、2日間にわたって開催された四国最大級のレース「まんのうマウンテン・マッドネス（MMM）」の企画、運営を主導した。

　トレランの愛称で親しまれるトレイルランニングは、山道や森林、砂漠などの自然環境で、主に未舗装の道を走る長距離走の一種。欧米で盛んなスポーツだが、近年は国内の大会も増えている。栗原さんは「雨や暑さなどの条件によって状況が全く変わってくる。『自然に挑んで勝つ』のが醍醐味の一つ」と語る。

　香川で山といえば、「讃岐富士」の名を持つ飯野山（標高422メートル）が代表する「おむすび」の形をした低山が有名だが、香川と徳島の県境を東西に走る阿讃山脈（讃岐山脈）は1000メートル級の山々で構成される。21年に始まったMMMは香川最高峰の竜王山（同1060メートル）と、大川山（だいせんざん）（同1043メートル）の二つの山頂を結ぶ登山道約40キロを周回する。ランナーが登る高さを合計した「累積標高」は1周当たり約2800メートルで、レースの過酷さを物語っている。

　四国4県以外に北海道や島根県からも訪れ、計167人がエントリー。コースを2周する80キロの部門に出場したランナー56人は香川県まんのう町の旧琴南中学校から、深夜1時にスタートした。選手は安全のため、位置情報がわかるGPSを装着し、約7割の37人が11～17時間弱で完走した。40キロ（1周）の部門は早朝5時の出走で、91人中88人が完走。優勝者のタイムは5時間3分43秒だった。

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　高松市出身の栗原さんは美容メーカー勤務時代の約10年前に走ることに目覚め、デザイン業などを経て、県内でランニング大会を運営する団体を立ち上げた。まんのう町から「山を生かして琴南地区を活性化するイベントができないか」と声を掛けられたことで、「阿讃山脈を周回するルートを活用して、世界級のトレランコースをつくりたい」との野望を抱き、19年から準備を開始した。

険しすぎる道のり、2年かけて整備

　だが待っていたのは「険しすぎる」道のりだった。実際に登山道を下見すると、いたるところに倒木が折り重なり、ランナーを阻む天然のアスレチックとなって道を塞いでいた。

　コース整備の救世主となったのが、「裸足ランニングクラブ香川」代表の明石浩和さん（50）をはじめとするランナー有志だった。林業経験者でチェーンソーを扱える明石さんの活躍で大小100本以上の倒木を切って全てどかし、2年越しで初開催にこぎ着けた。ちょっとした“マッドネス（狂気）”を感じさせる「深夜1時スタート」は、実はゴール時の歓声などによる騒音対策だった。

　明石さんは「山が低い香川では貴重な山脈だが、眺望（できる場所）が少なくアクセスも悪かった。安全な登山道になれば良いスポットになると思った。実際、最近は登山客も増えている」と手応えを語る。栗原さんも大会前、親子連れで参加できるコース上の枝を取り除くイベントを開催することで「自分たちの遊び場を自分たちできれいにする」ことの楽しさを発信したという。

　世界的に有名なトレラン大会は100マイル（160キロ）級となっていることから、MMMの22年大会は四国最長の80キロ部門も新設し、レベルアップを図った。参加者アンケートでは、98％が「次回も参加したい」と答え、好評だ。

　大会のロゴは、かつて琴南地区に徳島の山間部から貸し出されて行き来した耕作用の牛「借（かり）耕（こ）牛（うし）」をベースに栗原さんがデザイン。かつて地域の発展を支えた動物を過酷なレースに挑む参加者に見立ててアレンジした。23年の開催は10月28、29日を予定している。「地域を活性化できるような持続可能なイベントにしていきたい」と栗原さん。世界から四国の山を訪れたくなるようなビッグなトレランを思い描く。【西本紗保美】

入山前にしっかり計画を

　一般財団法人日本トレイルランニング協会によると、トレランでは雨具、防寒具、虫刺されやケガの救急キット、下山が遅れた場合に備えて日中でもヘッドランプなどが必要。入山前には計画をしっかり立てることや、登山客とのすれ違いや追い越し時は必ず歩くなどのマナーも公式ホームページ（https://trailrunning.or.jp/）で呼びかけている。