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　米国東インド艦隊の黒船・サスケハナ号の航海日誌などによると、日本人漂流民の彦太郎（浜田彦蔵）、亀蔵、次作の3人が、彼らの通訳を務めていたトマス・トロイとともに下船したのは1852年8月20日だったという（F・カルビン・パーカー氏の「仙太郎」参照）。約40年後に刊行される「アメリカ彦蔵自伝」などによると、中国・珠江の河口部にある金星門（カムサモン）に停泊中の黒船から中国の渡し船（サンパン）に乗り移り、約20キロ下流のマカオでポルトガル人経営のホテルに宿泊後、香港に向かった。

　彦蔵によると、サンパンに乗り移ろうとした時、黒船に残る日本人漂流民仲間13人のうち、何人かが急に離船に反対しだした。彦蔵は「（3人を）ねたんで」の言動と振り返る。3人はいったん、下船をとりやめようとするが、黒船の甲板士官が「艦隊から出発の許可が出ている。即刻、下船するように」と指示したという。

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　3人との別れについて、「米国側の要請」とする岡山県倉敷市出身の徳兵衛の体験記、トマス・トロイの誘いに応じて自分たちで決めたとする彦蔵の体験談を紹介したが、彦蔵と同じ兵庫県播磨町出身の清太郎の体験記は、それらとはまったく違う内容を伝える。

　金星門に停泊中のサスケハナ号に米国の補給艦が荷物を運んできた時に「アメリカ船十一艘」が日本へ行くという話を聞き、「間違いなく戦争が始まる。この船にいては大変なことになる。他の船で帰国しよう」ということになった。それをトマス（清太郎はタメスと呼んでいる）に伝えると、「もう一度米国に戻って別の商船で帰ることにしたらどうか」と言うので、日本人漂流民16人は米国に戻ることを決めた。タメスと仲の良かった3人が彼に米国に戻る件を依頼したところ、タメスは3人が戻ると思い、それをサスケハナ号の「船将」に伝えたという。

　16人は全員、米国に戻る準備をした。しばらくして、米国に戻る者はこちらに、と声がかかり、全員行くと、タメスは「3人と既に船将に伝えたので、全員連れていくことはできない。3人なら自分の金で旅費を出せるが16人は無理」と言われ、やむを得ず彦太郎、亀蔵、次作と別れることになった。

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　残る鳥取県出身の文太（利七）の体験記「漂流記談」では、米国の補給艦が来た直後の出来事なので、「国王（大統領）よりの命を受け来たる事」と思ったという。

　米国人は、かねてから日本人漂流民を我が物にしようと思っていたが、一行が強く帰国を願っているので取り込むことは難しいと帰国させることにした。しかし、もし、「心ゆるミたるものあれハ（ば）」なんとかして自分たちの方に引き入れようというのが「本心」であり、香港で先日、黒船から離脱を企てた者がいる一方で、船に残った者もいたこと（連載47～51回）を後で聞き、「強（あなが）ち帰国の事のミおもひ詰たるにもあらす（ず）」と考え、3人を連れ帰ったとする。西洋列強への警戒心が強い、文太らしい解釈だ。

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　パーカー氏の「仙太郎」によると、サスケハナ号の航海日誌では、船長が「カメゾウ」「ジサク」「ヒコゾウ」の日本人3人に「彼らの要請通り」船を去ることを認めた、とあるという。つまり、米国側の要請とはしていない。3人は自分たちの意志により黒船を離れた。その原因が、民間船での安全な帰国を願ったものか、米国での生活に希望を感じたからなのかは分からない。50年の栄力丸漂流開始以来、ともに行動してきた仲間がここで二つに分かれ、16人が再びそろって顔を合わせることはなかった。

【小林一彦】＝つづく